真田家ゆかりの地

海野宿・上田

01 信州の史跡・真田家ゆかりの地へ

  • ●中型車タクシー(最大4名乗車)JPY34,650
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5時間

400年前の石垣が残る名城 小諸城址「小諸懐古園」

「小諸城址懐古園」は、小諸城址を市営公園として整備した、観光スポットであり市民の憩いの場です。園内には、美術館や博物館、神社、動物園、児童遊園地など多くの施設が点在しています。

小諸城は、豊臣秀吉天下統一の頃に城主・仙石秀久が、石垣を構築した近世城郭に大改修した城です。ちなみに小諸城の前身は鍋蓋城で、戦国時代の名将・武田信玄が軍師・山本勘助に命じて城郭を整備させたとも言われています。
日本百名城にも数えられる小諸城は、城下町より低い位置にある全国でも珍しい「穴城」です。今も残る大手門や石積みの石垣は、400年前の姿のまま残っています。明治の廃藩置県後、本丸跡に「懐古神社」を祀り、「懐古園」と名付けられました。「三の門」に掲げられた看板の文字は、徳川宗家16代当主・徳川家達の筆によるものです。

島崎藤村をはじめ、若山牧水や高濱虚子、臼田亜浪といった文豪ゆかりの地でもあり、多くの歌碑を見ることができるのも魅力です。また、旧城郭の馬場跡周辺にはソメイヨシノが植樹され、日本さくら名所100選にも選定されています。秋の紅葉も有名で、季節ごとに美しい景色を楽しむことができます。

※園内散策券:大人300円(他施設共通券:大人500円)

三の門
三の門
桜の名所でもある小諸懐古園
桜の名所でもある小諸懐古園

風情ある伝統建築が見られる「海野宿」と「白鳥神社」

「海野宿」は、1625年に江戸幕府が古代から中世に栄えた豪族海野氏の領地に開設した北国街道の宿場です。中山道と北陸道を結ぶ重要な街道で、諸大名の参勤交代はもちろん、商いや参拝客などでおおいに賑わいました。
日本の道百選に選定された情緒あふれる町並みは、今も江戸時代の旅籠屋造りや茅葺き屋根の建物、明治以降の蚕造りの建物が立ち並び、格子戸のはまった伝統建築を見ることができます。その建物には防火壁の役割を果たす「卯建(うだつ)」が設けられているのが特徴で、格子は長短2本ずつが交互に組み込まれた海野宿特有の美しい「海野格子」が使われています。

海野宿の産土神である「白鳥神社」は、源氏と平家の盛衰について書かれた軍記物語「源平盛衰記」に登場することから奈良から平安にかけて創建されたとされています。御祭神は日本武尊・貞元親王・善淵王・海野広道公の四柱で、海野氏の子孫である真田家から篤く崇められることになりました。
境内には樹齢700年を超える御神木のケヤキもあり、荘厳な雰囲気に包まれています。
春と秋には海野宿の沿道に幟が並び、例大祭が行われます。

※海野宿歴史民族資料館 入場料 大人200円

海野宿の街並み1
海野宿の街並2
海野宿の街並み
灯籠風の照明
灯籠風の照明
防火壁の役割を果たす「卯建(うだつ)」
防火壁の役割を果たす「卯建(うだつ)」
海野宿の産土神「白鳥神社」
海野宿の産土神「白鳥神社」

現存最古の三重塔がある「信濃国分寺」

「信濃国分寺」は、大乗仏教の一つ天台宗の寺院です。
奈良時代に創建されたとされる国分寺は、平将門の乱(承平天慶の乱)に巻き込まれて焼失したと伝えられています。室町時代に建立された三重塔は高さ20.1m、今でも現存する国分寺の中で最古の三重塔です。建築様式は外観は和様で、内部は四天柱に囲まれた須弥壇上の天井を鏡天井とする点など一部に禅宗様の要素があります。
室町時代の様式をよく表すものとして国の重要文化財に指定されています。
境内には鎌倉期の石造多宝塔や五輪塔があり、源頼朝が堂塔の再建を誓願したという寺伝があることから、鎌倉時代以降に復興が始まったとされています。
また、第二次上田合戦の時、徳川軍についた真田信之と本田忠政が真田昌幸に上田城明け渡しを迫った場所が信濃国分寺です。
真田昌幸公は上田城明け渡しを受け入れるかのように見せかけ、返事を数日のばし、その間に戦闘準備をしていたといわれています。

多くの参拝客で賑わいを見せる1月7日・8日の「ハ日堂縁日」は交易の場となった歴史の古い行事で、国の無形民俗文化財に選択されています。

山門
山門
本堂
本堂
現存最古の三重ノ塔
現存最古の三重ノ塔

戦国時代の名将・真田幸村ゆかりの「上田城跡公園」

「上田城跡公園」は、戦国の名将・真田幸村ゆかりの上田城の本丸・二の丸を中心に整備された都市公園。公園内には、上田市立博物館や真田神社、上田招魂社があり、博物館には歴代上田城主の甲冑や織田信長所用革胴服も見ることができます。また、市民会館や遊園地、競技場、プールやテニスコートもあり、観光客・市民から親しまれているスポットです。

上田城は、1583年に真田幸村の父・真田昌幸によって築城され、二度にわたる上田合戦で徳川軍を撃退したことで“難攻不落の城”として知られています。しかし、石田三成についた昌幸と幸村は、石田方の敗北となった「関ヶ原の戦い」以降、九度山に幽閉され、上田城も廃城となりました。
上田城が復興されたのは、昌幸の長男・信之が領地替えとなり仙石忠政が小諸から新領主としてやってきてからのことです。1626年から、掘りを再び掘り上げ、石垣を積み、7基の櫓と2基の櫓門を再建。これもまた廃藩置県後、西櫓1基だけを残して他の建物は取り壊されました。
その後、城外に移築されていた2基の櫓は買い戻され、現在の南櫓・北櫓として再移築、1994年には東虎口櫓門が復元されました。
櫓の石垣には築城の際、真田昌幸が掘り出し礎石にしたと伝えられる大石「真田石」があります。嫡男信幸が松代へ移封されるとき形見として持って行こうとしたが、微動だにしなかったという伝説が伝えられています。

上田城は、櫓や石垣、掘など日本の歴史と建築に触れられる多くの見どころがありますが、ケヤキ並木の新緑と紅葉、千本桜など、一年を通して美しい景色も楽しむことができます。
春にはソメイヨシノやシダレザクラが楽しめる「上田城千本桜まつり」、日本夜景遺産に認定された遊歩道ライトアップが素晴らしい「上田城けやき並木紅葉まつり」、合戦姿で練り歩く武者行列や鉄砲隊の砲術演武が行われる「上田真田まつり」など、イベントも盛りだくさんです。

※上田城櫓観覧料:大人300円
 市立博物館常設展観覧料:大人200円

NHK大河ドラマで使用された幸村の甲冑
NHK大河ドラマで使用された幸村の甲冑
復元された東虎口櫓門1
復元された東虎口櫓門2
復元された東虎口櫓門
伝説が残る石垣の巨石「真田石」
伝説が残る石垣の巨石「真田石」
本丸土台の隅欠し
本丸土台の隅欠し
上田城公園内に残る当時の石垣
上田城公園内に残る当時の石垣
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